のどかなる このやまもとの はるかすみ
みのりのはなも いろやそうらん


 古代、この地方を治めていた草野太郎常門が狩りをしていた時、豊後国日田郡で柏の伐木にまつわる霊夢を見た。その後その柏の伐木は筑後川を下って、常門の在所である山本の里に流れ着いたという。常門はこの柏の霊木に千手観音を刻し、白雉4年(653)山本の里に堂宇を建立して安置、普光院と名づけたとされる。
 その後、常門は本格的な寺院建立を発願し、堂塔僧坊を具備する一大寺院の構えを整えたが、時の天智天皇より観興寺の勅号が下賜されるとともに、斎田(神饌に用いるための米を栽培するための田)75町が喜捨され、感動した常門は出家して自ら観興寺の座主となり、ますます観音信仰への帰依を深めたとされる。
 観興寺は当初法相宗に属していたが、その後天台宗に転じ、正保元年(1644)曹洞宗の禅宗寺院として再興された。
 観興寺には、創建故事や千手観音の霊験を伝える、鎌倉時代後期の作といわれる「絹本着色観興寺縁起」の絵図二幅が寺宝として遺り、これは国の重文に指定されている。
 本尊は、12年に1度、亥の年に御開帳される。

千手観世音菩薩 草野太郎常門
曹洞宗
〒839-0826 福岡県久留米市山本町耳納2129番地
0942-47-0532 0942-47-0532


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まえの札所 つぎの札所
重厚な造りの観音堂

観音堂へは長い
石段を登る

境内にはたくさん
の石仏が整然と
祀られている

庫裏に隣接して
建つ釈迦堂
山門の傍には神社が


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